令和02年11月16日
超高齢社会を迎え、歯やそれを支える歯周組織も『長生き』するようになっています。5~10年程度で生え変わる乳歯と異なり、永久歯は何十年にも渡り、口腔内で物理的・科学的・生物学な刺激に常に晒されています。そのため、永久歯や口腔周囲組織は、それらに対応すべく、絶えず変化を余儀なくされています。このことから年齢とともに歯や口腔周囲組織が変わっていくことは自然の摂理であることは理解いただけると思います。今回は経年的に現れる口腔内の代表的な変化について触れ、歯や口周囲の健康に関心を持っていただきたいと思っています。皆さまが、一生に渡って質の高い生活を送っていただく手助けになれば幸いです。
上下の歯が咬み合うことによって『歯がすり減る』ことです。年齢を重ねれば、上下の歯が咬み合う機会が増えますので、咬耗してきます。咬耗は雨風で山肌が削られていく現象と似ており、基本的には病的なものではありません。しかしながら、歯ぎしりは増悪因子の1つです。そのため、我々歯科医師は年齢の割に咬耗が進んでいる人は歯ぎしりを疑います。また咬耗が顕著な方は、歯の破折・詰め物の脱離・咬合痛・咀嚼不良などの物理的な歯のトラブルが特徴的です。さらに咬み合わせが低くなるため、年齢を重ねるごとに、顔貌もやや四角形に近似するような変化を起こします。これらは病的なものではありませんが、放置しておくと年々その傾向が強くなっていきます。
歯茎が下がって、歯が必要以上に露出した状態です。歯肉で被覆されているべき歯根が露出するため、知覚過敏や虫歯のリスクが増加します。原因は歯周病や過度なブラッシングなどです。一度、退縮してしまった歯茎を元に戻すことは容易ではありません。
歯の咬耗や喪失により、不自然な隙間が生じると、歯はその空間を埋めようと移動します。また隣り合う歯が欠損している場合、サポートが喪失し、歯の動揺が加速度的に増加します。動揺や移動により、見た目の問題、噛み合わせの不調などが生じてきます。動揺や移動そのものは生理的なものですが、不潔になりやすい、咬み合わせが悪い、など周囲の歯に悪影響を与えることもあるため注意が必要です。
加齢とともに筋力の減少していくことは抗いようのないことです。口腔周囲の筋肉や機能も年齢とともに衰えていきます。食べるための咀嚼筋は、食べ物の形態や残っている歯の本数などに左右されますが、経年的に低下していく傾向があります。また舌や口唇はほとんどが筋肉で構成されている組織であるため、筋力低下と機能低下が直結しています。咀嚼だけでなく、発音・嚥下機能にも関係しているため、舌や口唇の筋力低下は様々な弊害を生みます。
身体的な衰えは必ずやってくるため、完全な対処法や治療法などは確立されていないのが現状です。しかしながら、咬耗が著しい患者さんにはマウスピースを装着していただくことで咬耗のペースを遅くすることができます。歯肉退縮にはブラッシング指導をはじめ、歯肉を移植し、被覆する治療もあります。歯の動揺や移動に関しては、入れ歯やブリッジ等の補綴治療や矯正治療等で対応可能な場合があります。筋力低下に関しては口腔周囲筋肉の運動療法によって改善することや予防することが可能です。
最後に
これから超高齢社会が加速していくなか、これらの問題を抱えた患者さんが増加することが予想されています。そのため、これからは単純に虫歯など疾病を治す目的で通院するのではなく、口腔内の変化に柔軟に対応し、QOLを高く保つためのリハビリテーションのような形での通院が中心となってくると考えられます。それに伴い、リハビリテーションやメンテナンスを核とした保険診療の形も整備されつつあります。加齢に伴う口腔内の変化に気づかれた患者さんは、それぞれ原因や対処法が異なる場合がありますので、かかりつけの歯科医院で一度相談していただくことをおすすめいたします。
佐賀県歯科医師会 地域保健部
地域保健委員会 委員 小野 大輔