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櫃本氏:第5回「医療者の過剰負担で支えてきた日本の医療」

第5回「医療者の過剰負担で支えてきた日本の医療」

愛媛大学医学部附属病院医療福祉支援センター長

櫃本 真聿氏

 

 みんなで支える医療(患者・家族の負担低減化)をスローガンに、“国民皆保険制度”は長く我が国に根付き、今日まで継続してきました。

 大学病院など総合病院の待ち時間の長さが、「3時間待ちの3分診療」という批判を受けていますが、欧米のように、専門病院に直接かかることもできず、受診までの期間を短縮するためには、高額な任意保険への加入を余儀なくされる状況を知れば、日本の医療環境がいかに恵まれているかが理解できるはずです。しかし、こうした“フリーアクセス(誰でもどこにでも受診できる)”のしくみが、専門医志向の強い日本の国民性とつながり、総合病院に患者が集中し、当たり前のように長時間待つことにつながったのです。待ち時間中、医療者は休んでいるのではなく懸命に診療しているのですから、いちいち「お待たせして済みません」とお断りして患者を迎え入れる医療者の対応には気の毒さすら感じます。欧米と比べ、医療者の絶対数が少ない上にこの皆保険制度による影響から、受診回数・入院日数は欧米諸国の概ね4倍であり、医療にかかりやすいという安心感の一方で、頼りすぎの欠点が露呈してしまっています。専門的医療に安易に頼ってしまう環境をつくってきたこれまでの我が国の制度をみんなで考え見直す時期にきていると思います。

 日本の総医療費は30兆円を上回り、その内の公費の占める割合は8割に及び、国の税収や予算と比較すれば負担が極めて大きいことは言うまでもありません。しかしそれでも、GDP比で国際比較すれば先進諸国内で最も低い水準であり、日本の制度が安上がりであることは、国際的にも注目を集めているところです。

 わが国の現行医療制度を導入するために、米国上院議員のヒラリー・クリントン氏が何度か来日していますが、結局“クレイジー“と捨て台詞を残して諦めたと聞いています。医療者の激務を前提条件としたこの制度は、経済的に豊かで休暇も多く患者数も限られている米国の医療者にはとても受け入れは不可能であろうと推測できるからです。例えれば、米国は「江戸前の高級寿司職人」、日本は薄利多売の「回転寿司店員」。同様の技能(スキル)や安全性を求められるには余りにも環境が違いすぎだと思います。

 医療費抑制が言われ、厳しい医療経営を強いられている医療者は、すでに過剰な業務に追い回されており、“疲弊”という言葉が象徴するように、厳しい環境の中で燃え尽きている現況にあります。何とかするためには、この実情を十分認識して、医療に依存するのではなく、医療を地域で守り育てる住民意識の向上が第1に求められるのです。

   


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