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北海道支部

北海道医師会:2026年4月 プレコンセプションケア ―未来につながる健康づくり―

令和08年04月01日

プレコンセプション(preconception)は「妊娠・受胎前」を意味し、プレコンセプションケアとは、妊娠前の女性やカップルが健康状態や生活習慣を整え、妊娠・出産に備えるだけでなく、将来の健康やライフデザインを考えるための包括的な健康管理を指す概念です。現在では、妊娠を希望するがどうかに関わらず、思春期から若年成人期にかけて、男女ともに自分の健康や将来のライフデザインを考えるための健康教育として捉えられるようになっています。しかし、この言葉の認知度はまだ1割程度とされ、十分に浸透しているとは言い難い状況にあります。

妊娠前の生活習慣や健康状態は、妊娠経過や胎児の発育、さらには生まれてくる子どもの健康にも影響を及ぼすことが知られています。例えば、風疹などの感染症、薬剤の影響、喫煙や飲酒、栄養状態、肥満ややせ、慢性疾患の存在などは、妊娠してから対策を講じても間に合わない場合がります。代表的な例として、葉酸不足は胎児の神経管閉鎖障害のリスクを高めることが知られていますが、日本では妊娠前から適切に葉酸サプリメントを摂取していた女性は約8%にとどまるとされています。

日本は周産期医療や母子保健の水準が高く、妊産婦死亡率や周産期死亡率は世界的に見ても低い国です。それにもかかわらず、なぜ今、プレコンセプションケアが注目されているのでしょうか。その背景には、少子化の進行や晩婚化・晩産化、若年女性のやせや不妊の増加など、妊娠・出産を取り巻く社会や健康課題の変化があります。20代女性の約2割が低体重とされ、妊娠前のやせは排卵障害による不妊や低出生体重児の増加と関連し、次世代の健康にも影響する可能性があります。一方で肥満も妊娠合併症や生活習慣病のリスクとなるため、適正な体重を保つことが重要です。また、日本では健康に関する情報を理解し活用する力、いわゆる「ヘルスリテラシー」の低さも課題とされています。月経の異常が放置されやすいことや、HPVワクチン接種率やがん検診率が低いことも指摘されています。

こうした状況を踏まえ、日本でも近年プレコンセプションケアの推進が政策として位置づけられるようになりました。2018年に制定された成育基本法では、子どもの健やかな成長を支える取り組みの一つとしてプレコンセプションケアが明記されています。さらに2023年の「こども未来戦略方針」や「こども大綱」においても、男女ともに性や健康に関する正しい知識を持ち、将来の健康管理を行うことの重要性が示されています。2025年にこども家庭庁が公表した「プレコンセプションケア推進5か年計画」においては、5年後までにプレコンセプションケアの認知度を80%まで高めること、普及活動を担うサポーターを5万人養成すること、専門相談が可能な医療機関を200施設以上に拡充することなどが目標として掲げられています。

プレコンセプションケアの目的は、第一に将来の妊娠・出産のリスクを減らすこと、第二に将来生まれてくる子どもの健康を守ること、そして、女性自身の健康とライフプランを守ることです。また、メンタルヘルスの視点も欠かせません。現代社会では、仕事や人間関係、将来への不安などさまざまなストレスが存在します。ストレスや睡眠不足はホルモンバランスに影響し、月経不順や体調不良の原因となることもあるため、プレコンセプションケアでは、心の健康にも目を向けることを大切です。

プレコンセプションケアの基本は特別な医療ではなく、日常の健康管理です。バランスのとれた食事、適正体重の維持、運動習慣、禁煙、節酒、感染症対策、ワクチン接種、慢性疾患の管理など、日ごろの生活習慣が重要となります。

これは女性だけの問題ではありません。男性の健康状態や生活習慣も妊娠や胎児の健康に影響することが分かってきており、男女双方が健康管理に取り組むことが重要です。プレコンセプションケアの視点は、妊娠を考える前段階から健康を支えることの重要性を示していますので、思春期教育、学校保健、地域医療、職域保健などが連携し、若い世代が自分の身体や性、将来の健康について学ぶ機会を増やしていくことが求められています。さらに、妊娠後や出産後の健康管理を含めたライフコース全体での健康支援、いわゆるライフコースアプローチの視点も重視されています。

また、重要なのは、プレコンセプションケアが「妊娠を前提とした取り組み」ではないという点です。子どもを持つ・持たない、いつ持つかは個人の人生の選択であり、その意思は尊重されるべきです。プレコンセプションケアの目的は、出産を促すことではなく、全ての人が自分の身体や健康について正しい知識を持ち、将来の人生設計を主体的に考えることにあります。プレコンセプションケアという視点が広がることで、次世代の健康だけでなく、今を生きる若い世代の健康とQOLの向上につながる社会が築かれていくことが期待されます。

 

北海道医師会 常任理事 寺本 瑞絵