ドクターすなみの脳のおはなし

第13回 心に残る患者さん「命の分水嶺」その1

 

 

松山市民病院脳神経外科部長

角南 典生氏

  

 午前11時ころ、外来が少し落ち着いたころでした。外来ナースが「中田さん、中田ゆう子さん、どうぞお入りください」と声をかけた。入ってきた女性は中田ゆうこさん(仮名)25才、すらりと背が高くめっちゃ美人でこの人が頭痛で悩んでるんだ。何とかしてあげたいと思いました。

「中田ゆう子さんですね。脳外科の角南と申します。きょうは頭痛でいらしたんですか?」

「はい、そうなんです。以前から頭痛があり、市販の薬で何とか治まっているんですが、近々結婚することになりまして、1度精密検査をしておこうと思い、参りました。よろしくお願いいたします」と、言葉使いも礼儀正しく、何といっても姿勢がいい!美人はこうでなくちゃ。 

 物語はここから始まります。そしてご両親が高血圧であり、祖父が脳出血で亡くなっているという家族歴があるので、是非MRIを撮ってもらうように両親に勧められたとのことでした。2週間後MRIを予約としました。

 さて2週間後、MRIを撮りました。何と脳動脈瘤が見つかりました。頭痛とは直接関係無いと思いますが、右の中大脳動脈というちょうど右眼の奥のところに破れていない大きさ4.5mmの動脈瘤が見つかったのです。破れる確率は低く、年に1%以下で、一生破れない確率のほうが高く、破れてくも膜下出血を起こす可能性は低いことなど説明しました。しかし破れると命に関わることになること、救命できても寝たきりになったり、大きな後遺症を残すことも十分考えられること、など説明しました。検査結果は異常なしとわたしに言ってもらえると思っていたでしょうから、それはそれは大変なショックであっただろうと思います。 

 それから数日後、ご両親と3人でお見えになりました。MRIの画像をお見せしながら再度詳しく説明し、ご両親からも本人からも多くの質問がありました。帰ってよく相談してみるとのことでした。

 それからまた数日後、本人が来られ、手術を受けたいとの申し出がありました。結婚相手にだまっているのもよくないし、結婚してから万が一、くも膜下出血を起こすようなことがあればと思うと、この際きちんとして健康を取り戻し、それから結婚したほうがよいと判断したとのことでした。 

 しかし、病気はこれだけではなかったのです。 

 入院・手術の前にできるだけ休みを少なくするためにも、外来でできる検査をしておこうとまず循環器内科で心臓のチェックをしました。心臓に聴診器を当てると正常の心臓からは聴くことのないほどの大きな雑音が聴かれました。そこで慎重に聴診を続けると、右心室から肺動脈へと排出される血液が通常より多量の場合に生じる雑音と推測されました。さらに肺動脈弁と大動脈弁が閉じるときに発生する心音にも明らかな異常が認められたのです。これらの特徴から心房中隔欠損症という先天性の心臓病の可能性が高いと考えられました。 

 心房中隔欠損症というのは右心房と左心房の間の壁に先天的に穴があいていて、左心房内の血液の一部がこの穴を通って右心房へと逆流する病気です。この穴を通って右心房へと逆流した血液は、全身から心臓へ戻ってくる静脈血と一緒になって、右心室から肺動脈へと出て行くことになり、右心房へ逆流する血液量だけ心臓は余計に仕事をすることになるわけです。このような心臓のオーバーワークが長年続くと、心臓の働きがうまくいかなくなり、心不全に陥ることになるのです。このようなことにならないためには、ゆう子さんの場合はできるだけ早期に心房中隔の欠損した穴を手術で閉じるしかないと考えられました。 

 中田ゆう子さんの聴診所見から循環器内科の専門医は間違いなく心房中隔欠損症と言いました。確定診断には心臓カテーテル検査が必要です。脳動脈瘤に加えて心臓の病気まで見つかり、中田さんにとっては結婚するにあたって軽い気持ちで受診したことから、青天の霹靂となったのです。

 それから結婚相手に見せるために診断書を書きました。脳動脈瘤に心房中隔欠損症と書かれていたら、相手の男性はそれでも結婚しようと言うだろうか、とわれわれ医者仲間で話題になりました。

「そりゃあ、彼女を本当に好きなら結婚するだろう。仮に、そのことで結婚を断るようなことがあったら、その男性はその程度にしか愛情を持っていないとわかったのだから、むしろ彼女にとっては結婚の前にわかってよかったのかもしれない」などと、ひとごとだと思って、いろいろと意見が出ました。

第14回につづく

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